藤森神社

藤森神社で一期一振写しを見てきた

京都の伏見神社に近い場所に位置する、藤森神社。現在は御物である鶴丸国永が、一時期この地にあったことで知られます。

この縁から、藤安将平氏が作・奉納した「鶴丸写し」が、2018年1月より展示されています。これは過去に見たことがあったんですけど……

加えて、2022年8月に、同じく藤安将平氏により「一期一振写し」が奉納されました。

こちらはまだ見たことがなかったので、見に行ってきたよ〜っていう日記です。

藤森神社

藤森神社

ヒマなので五条らへんのホテルから1時間かけて歩いてきた。まあ国永の作刀したあたりとの距離感を体感するということで。

藤森神社

藤森神社では藤棚プロジェクトが進行中。その案内看板が境内に出ていました。

藤森神社

この日は2023年1月5日。正月の雰囲気が残る、でもそこまで混み合っていない境内を歩きながら、宝物館へ向かいます。

藤森神社

一期一振写し

藤安将平作・奉納 令和4年8月

一目見てまずテンション上がったのが、額銘も再現してあること!

一期一振は磨り上げ(短く仕立て直すこと)がされている刀で、短くすると、なかご(持ち手の部分)にある銘(作刀者のサイン)が切り落とされてしまいます。それを嫌って銘の部分を四角く切り取って、仕立て直したなかごに貼り付けることを「額銘」といいます。

本歌の一期一振はそうして、額銘になっている刀。一期一振写しは当然新品で磨り上げも何もないんですが、その額銘を再現してあります。芸が細かい〜!

そして肌も刃文も、雰囲気が「古刀」っぽいんです。ガサガサと肌立ってる(肌模様が目立つ)って感じではないけど、存在感のある肌目が見える。刃文は中直刃(ちょっと太めの直刃)くらいかな?って感じなんですが、そこに金筋とか簾刃みたいな様子が見えていたり、ほにゃほにゃとちょっと小乱れが入っていたり。

その場で押形を検索して、見比べながら見てたんですが、やっぱり「寸分違わず同じ刃文」とはいかないんですよね。だけど雰囲気はかなりそれっぽいというか、エッセンスを感じるっていうか。写真とかもそうですけど「見えるものを見えるままに撮る」ももちろん大切ですが、「雰囲気のある写真を撮る」も大切だなあと思います。一期一振写しに関しては、もちろん本歌はまだ見る機会に恵まれてないですけど、「古刀の雰囲気」はすごくあるなあと思う。びっくりしちゃった。

昨日笹貫を見て「全然古い刀に見えねーや」って思ったばかりなんですが、笹貫と一期一振写しを並べて「どっちが古いと思う?」って聞かれたら「一期一振写し」って答えちゃうかもな。

本歌の額銘の様子やら押形やらはこちらのサイトで見られるので、見比べにお役立てください。

鶴丸写しと見比べてみると

藤森神社

お隣には鶴丸写しが展示されています。この2振りは同じ人が作った写しですけど、肌の様子とか結構区別されてるの、すごいなあって思った。

一期一振写しはお肉で例えるならサーロインみたいな、脂肪多めのやつって感じ。肌目がそんな感じなんです、一期一振写し。一方鶴丸写しもまあまあ肌目が見えているけど、一期一振写しより油分少なめの赤身肉って感じ。よりきめ細かく見えます。

そして磨り上げ姿を再現してるぶん、一期一振写しの方が姿がゴツい。鶴丸写しも初見の時は「意外にゴツいな」と思ったけど、やっぱり磨り上げられてる刀と比べると差が圧倒的。一期一振写しはグーで殴ってくると思う。

あとこれもまた昨日笹貫を見ていたから思っちゃうことなんですが、鶴丸って本歌の方も目釘穴ひとつなんですね。笹貫は「古い拵が残ってたから」って理由づけができそうだけど、鶴丸が目釘穴ひとつなのはどうしてなんだろう。拵にりんどうが描かれてたから竜胆丸と呼ばれたなんて話も聞くし、あちこちの家を渡り歩く間に拵もいくつか作られてそうだけど、どうなんだろ。それとも目釘穴増やさずにぴったりの位置で拵新調することもできるんだろうか……

藤森神社

鶴丸国永も、一期一振も、実物を目にするのはなかなか叶わない刀。写しとはいえ最新鋭の最高技術で作られた刀ですので、これをよすがに実物を空想してみるのも良いかと思います。

そんな一期一振写し見てきた話、でした!