根津美術館 甲冑・刀・刀装具 光村コレクション・ダイジェスト

根津美術館で光村コレクションの刀を見てきた/2023年10月15日まで 東京・渋谷

根津美術館で開催されている企画展「甲冑・刀・刀装具 光村コレクション・ダイジェスト」を見てきました。行った日は2023年9月15日(金)。

東京・渋谷の一等地にある美術館

根津美術館

鉄道業などで成功した実業家、根津氏のコレクションを集めた「根津美術館」は、渋谷駅から少し歩いた場所、表参道駅から徒歩8分のところにある美術館です。ハイブランドのお店が立ち並ぶ通りを進んでいくと現れる、緑に囲まれた建物。

根津美術館

場所柄か、外国からのお客さんも多かったです。

前を通ったことはあったのだけど、入るのは初めて。こんな風になってたんだなあ。根津美術館では現在「甲冑・刀・刀装具 光村コレクション・ダイジェスト」と題した企画展を開催しており、それを目当てに訪れました。

甲冑・刀・刀装具 光村コレクション・ダイジェスト

根津美術館 甲冑・刀・刀装具 光村コレクション・ダイジェスト

根津さんちなのに「光村コレクション」とはどういうこと?

この光村さんとは、実業家の光村利藻(としも)のこと。海運業で財を成した父の遺産を14歳にして引き継ぎ、趣味の写真や刀剣・刀装具・甲冑類の蒐集を行なった人物です。

で、面白いのが、コレクションをスタートしたのが20歳の頃で、コレクションを手放したのが32歳の頃って点!長男の初節句の際に本物の甲冑と陣太刀を買ったことが蒐集のスタートだったんですが、事業の低迷で、約10年後にはそれらを手放してしまうんです。このブログを読んでる方にも光村利藻コレクション期と同年代の方も多いんじゃないかしら。「ええ、わたしと同じくらいの歳でそんなコレクションできちゃうんだ、実家が太いって凄……」って気持ちになっちゃった。

苦渋の決断でコレクションを手放した光村氏でしたが、それを買い取ったのが、この根津美術館のルーツとなる根津嘉一郎。光村コレクションは刀剣・刀装具・甲冑類約3000点だったんですが、根津氏は品物を見ずに全部まるっと買い取っています。しかも刀が好きってわけでもなかったらしいから、驚き。この買い取りの理由は「苦心の大蒐集だったから」とのことで、コレクターとしてのシンパシーみたいなものがあったんでしょうか。

根津美術館

若くして一気に蒐集し、しかし若くしてコレクションを手放すことになった光村氏。彼の特筆すべき点は「同時代の刀工・金工家の活動を支えた」ということにも挙げられます。

廃刀令(明治9年・1876)の翌年に生まれている光村氏。彼の生きた時代は刀工・金工家が仕事にあぶれ、苦労した時代でもありました。光村氏は刀工・金工家らに古典作品の学習機会を与えたり、作品の注文をしたりと、パトロン……と言うと行き過ぎかもしれませんが、ちょっとそれに近いような活動によって彼らの活動を支えています。

38 太刀 銘 月山貞一造之/明治三十六年春

光村氏によって支えられた刀工のひとりが、大阪の月山貞一。今回の展示では月山貞一の刀が3振り展示されています。この38番として展示されている太刀には「明治三十六年」の銘が彫られていますが、この頃が光村氏の注文が多かった時期なんだとか。なお月山貞一はこの3年後に帝室技芸員になっています。

※「帝室技芸員」とは明治〜昭和初期、皇室の美術工芸制作を勤めていた職人たちのこと。制度が廃止される1944年までは、作家にとって最高の栄誉と権威でした。

この38番の太刀は、小烏丸造り。きっさきが諸刃になっています。ピンと張った糸みたいな刃文のふちに、青みがかって見えるほどの地鉄。とても綺麗な太刀でした。

ここからは、気になった刀を5振りほど紹介します!

18 脇指 銘 廣光

重要文化財に登録されている、脇差の廣光。実はまったく同じ肩書きの「重要文化財の脇差の廣光」がもう1振り隣に展示されているんですけど、わたしはこの18番の廣光の方がいいなあって思いました。

廣光によくある皆焼(ひたつら、刀身の全体に焼きが施されている刃文)ぎみの刀なんですが、きっさきのあたりの刃文の様子が、オパールみたいで。宮沢賢治の短編小説に「貝の火」というものがあり、これはオパールのことなんですが、なんかまさに「貝の火」と形容したくなるなあ、という顔つきの刀でした。

なお今回の展示、全体的に下から覗き込むようにすると刃文が見やすいです。

26 太刀 銘 吉(以下切)(金象嵌銘)一

太刀 銘 吉(以下切)(金象嵌銘)一 根津美術館 甲冑・刀・刀装具 光村コレクション・ダイジェスト

これは不思議な樋(刀身に彫られた溝)が特徴的!細い樋が3本入ってて、それがきっさきのところで繋げられてる……こんなの初めて見たぞ。たとえば亀甲貞宗は樋が2本入ってるし、千代金丸は5本も入ってるけど、でもこうやってまとまってはいないし!

東京国立博物館 相州貞宗 亀甲貞宗 きっさき

亀甲貞宗(2021年8月 東京国立博物館で撮影)

那覇市歴史博物館 千代金丸 なかご

千代金丸(2022年1月 那覇市歴史博物館で撮影)

「こういう、こういうパターンもあるのか……てか樋ってどうやって決めてるんだろ、単なるデザインなのか宗教的な意味合いなのか……?」などとウンウンなっちゃった。

29 脇指 銘 備州長船康光/應永廿三年七月日

脇指 銘 備州長船康光/應永廿三年七月日 根津美術館 甲冑・刀・刀装具 光村コレクション・ダイジェスト

今回展示されていた作の中で、シンプルに「一番好き」と思ったのがこの康光の脇指。平造り(しのぎのない、平らな造り)に直刃の刀で、肌もとても澄んでおとなしい。湖面のような刀だ、と思います。とても、綺麗だな。シンプルにそう思う。

30 短刀 銘 城州埋忠作/天正十八年十月日

なんとなく金工のイメージが強くて「あ、埋忠って刀もあったんだっけ」となってしまった、埋忠の作。しかし本作には埋忠の代表格・埋忠明寿が表舞台に現れるより8年前の年紀が彫られているため、埋忠明寿の初期作か、はたまた父親の作か、と議論されている1振りなんだそう。

これは秋田藤四郎くらいのコンパクトな作なんですが(秋田藤四郎はペティナイフみたいなフォルムです)、秋田藤四郎に感じる薄氷感、みたいなものはまったくないんですよね。どっしりとしてる。埋忠らしく彫りもしっかり入ってるし。面白いなあと思います。

36 脇指 銘 越前守助廣/以地鐵研造之

わたしのだ〜い好きな助広が出てた!優!!!

大阪新刀の刀工で、寄せては返す波のような美術的な刃文「濤乱刃」を創始した刀工です。本作には「以地鐵研造之」と銘が切られていますが、初期作に多い銘なんだそう。そう言われてみると濤乱刃になってるような……なってないような……片足突っ込んでるような……って感じの刃文です。

刃文 津田越前守助広 延宝三年二月日 井上真改 延宝三年二月日 大坂城代青山家 刀

助広と井上真改の合作(2021年12月 刀剣博物館で撮影)

銘にもぜひご注目ください!助広は「津田越前守」の「田」をどのように切るかで丸津田とか角津田とか区別されるんです。

東京国立博物館 刀 津田助広 銘

丸津田の例(2022年1月 東京国立博物館で撮影)

今回の作は「越前守助廣」なので丸角判定ができないんですが、それを抜きにしても助広の銘って可愛いんですよね。助広フォント欲しい。あと、本作には素敵な拵もついてます。

鏨廼花とホムパ刀剣展示

根津美術館

「鏨廼花」と書いて「たがねのはな」と読みます。これは光村氏の制作した刀装具など金工の作品集。自分の蒐集品のほか、緒家の名品を撮影して集めたものです。

そう、光村氏、刀のほかに写真も趣味だったんです。趣味が高じて最終的に会社を作っている(光村印刷株式会社)。こだわりの最高印刷技術で制作したこの本は、現代においても素晴らしい資料のひとつです。

光村氏ってこの「鏨廼花」もそうなんですが、蒐集したものを秘匿せず、公開しようという意識が高かったみたい。自邸で刀剣展示を行っているんですが、これがまあすげーの。

1度に1000点以上を展示し、数百人を招き、鑑定会などの余興も実施するという大規模なものだったとか。ちょっと真似できない規模だよ!光村氏のコレクションを買い取った根津氏も、愛好家の声に応えてか、青山の根津邸で刀剣陳列会を行っています。

こういう部分も含め、単なるコレクターだけには収まらない人物だなあと感じさせられました。

根津美術館

……という、刀剣展示だけでなく光村氏のエピソードも豊富で大変面白い展示でした。重要美術品の長光も展示されてたんだけど「刃文が直線的なのは長光後半の特徴」という記述があって、へえ〜!となった。所要時間は1時間くらいです。

企画展示は1階で実施。2階では茶器や青銅器などの展示が行われています。お庭も合わせて魅力たっぷりな美術館ですので、ぜひお運びください(お庭にはカフェもあるんだけど、覗いたのが遅すぎて(16:30)もう終わっちゃってた。次はカフェも行きたい!)。

出品目録(PDF)
根津美術館公式サイト

根津美術館

文字多めの記事ここまで読んでいただいてありがとうございました。何かの参考になっていたら幸いです!