イメージカット 襖

京のかたな前期まとめ(その2)

京のかたな展前期まとめのその2だよ。

▼その1の記事はこちら

粟田口の部屋を抜けて、次は来派の部屋!

◆第四章 京のかたなの隆盛(鎌倉時代中期ー後期)

ここでは主に来派の刀が紹介されています。
来は粟田口派から遅れること50年くらいの時期に出てきた派。
これまでは大陸から渡ってきた人たちが祖の一派だと考えられていたのですが、このころの朝鮮半島に「来」という苗字はなく、また日本と同様、または近しい鍛刀技術は発見できていないそうです。
なので彼らは「俺ら外国から来たやで」「舶来品やで」というブランディングをすることで、すでに皇室御用達の一流ブランドとなっている粟田口派の台頭する京の刀産業の中に食い込んでいこうとした、渡来人じゃなくて日本の人ではないか、と考えられています。

来派の部屋、二部屋用意されているのですが、一部屋目やたらきれいなの揃ってるな~と思ったら展示されてる16振中9振が国宝でしたね。
やべえな。

そんななかでも我々に親しい国宝の眼鏡さん。

●国宝 太刀 銘国行(号明石国行)

刀剣博物館 明石国行
 

これは移転前の刀剣博物館で撮った写真。
まあきれいやね。
きれいなんですよね。うっふっふ、って笑えてきちゃうくらいきれい。
刃文はフリルのようなかんじですが、くらげのひだみたいだなあと思ったらそれがしっくりきました。

あれですね~肌の深い感じが海っぽさを感じるかもしれない。だからくらげのほうがしっくりくるかもしれない。
前期展示ですけどね。

●国宝 太刀 銘来国俊

これね~~~!めちゃめちゃ良かったんですよ!でも前期展示!
キャプションでも「いい意味で来の評価を変えなくてはいけない作例」「地鉄は粟田口よりも繊細で古様な優しさは三条や五条派と通ずる」「ほかの作では材料や工程の面でいささか妥協をしているのではないかと思われる」ってべらぼうに褒められてるんですよ。

肌がほんとほわほわ霞が下りているみたいで、霧雨の中を歩いてるみたいな、柔らかな冷たさがあって、刃文もぱたぱたと乱れながら引かれているのですが、「伸びている」と言うより「引いている」という感じ。
なんかもうなんも考えらんないみたいな綺麗さがあるんですよね。良かった。前期でもう終わったけど。

●重文 短刀 銘光包(名物乱光包)

光包は来派の人だけど長船長光の弟子になった…だったかな?メモが曖昧です
これは片落ち互の目の作例として展示されていて、そこからつながるのが謙信景光。

●国宝 短刀 銘備州長船住景光/元亨三年三月日(号謙信景光)

謙信景光
 埼玉県立歴史と民俗の博物館 謙信景光

これは佐野美での展示が最高だったんですよねー!!!
あれを超える展示はきっとないだろうと思ってほんと惚れこむように見ていたのですが
今回もよいライティングでしっかりきれいなとこ見えました。

刃文は片落ち互の目。
景光が完成されたといわれる刃文で、おしりがカクンと垂直に落ちるスタイルの互の目です。

謙信景光・霊験あらたかな上杉謙信の愛刀 – 日本刀・刀剣買取【鋼月堂】

その刃文のふちはガラスに光が差し込むみたいに透明に光っていて、光のフリルみたい。
その上にかかるように一本線の光も見えるんですよね。あれはなんていうのかよくわからないんですけど。

とにかく謙信景光はクリスタルなんです!
クリアな輝きなんです!
カードキャプターさくらクリアカード編なんです!
(???)
これって~これって~なんていう気持ちなの~
熱くて痛くてくすぐったくてなみだがでそう~♪

見てほしいな~~とっても大好きです。実物刀剣としての最推しかもしれない(コロコロ変わるけど)。

まあ前期展示なんですけどね!!

この片落ち互の目、というポイントにつなげるようにストーリー繋げてるのうまいな~と思いました。
同じ景光でも刀剣乱舞実装刀剣で、小龍景光はなんで出さないんだろう?って思ってたんですよね。
あっちのほうが同じ国立博物館所蔵なので借りるハードルも低いんじゃないかなとか思うし。
でも違うんですね、片落ち互の目というところにつなげるのなら謙信景光につなげるのが適切です。
小龍は互の目がもつれるようになる部分があって完全な片落ち互の目とは言えませんから。

東京国立博物館 小龍景光
東京国立博物館 小龍景光

小龍景光はこんなかんじ。龍の彫りもあいまって雲のような刃文に感じられます。

来派の部屋、作品それぞれの深みを感じるのもとても心地よいんですけど、キャプションがめちゃめちゃ勉強になります。
系譜がすごい広がっているしあっちこっちに広がっていく来派の様子がわかる。

ノート 来派
 

今回出てた中では国行・国俊の刀はどれも綺麗でとてもよかったな。
なんかもう国宝が多いからというのもあって納得なんですが、息をすると肺が綺麗になりそうな雰囲気の部屋でしたね。
水底から水面を見上げているような感じだった。

●刀 銘九州肥後同田貫正国

部屋を移って同田貫。
国行の弟子の国村が肥後国菊池に移住して延寿派の祖となるのですが、室町末期から同じく肥後国菊池で刀を作った同田貫派はその延寿派の流れを汲んでいるとされます。
刀剣乱舞実装刀剣をうまいことストーリーの中に組み込むなあ、と思いました。

これは王貞治監督寄贈の正国で九州国立博物館所蔵のもの。
よく言えば野趣がある、悪く言えば田舎臭い。
と言われるものの、なんかこの刀は独特の光があったように思います。
他は深い青とか白とかが多いんだけど、これは明るい水色の印象でした。
浅瀬の水の色。
確かに肌がさがさだし姿も優美とは言えないしまあ実戦刀なんでしょうねって思うんですけど
なんかよくわからないクリアさがあったように思います。

●太刀 朱銘千代鶴国安 木屋□研之(号次郎太刀)

あんま刀わからないで見に来てるんだろうな~~って人も嬉々として見ていた次郎太刀。
これも来派のうちで越前に行った人たちの流れの一振りなのです。
今回の展示では刀が重すぎて思うように立てかけられないため、刃文を見るのが物理的に難しい状況です。
でもなんか角度によっては若干見えた気がしないでもない…けどちらっと見えてまたわからなくなってしまったのでどの角度で見ればいいのかみたいなことをお伝え出来ないです。

熱田神宮 次郎太刀
 熱田神宮 次郎太刀

本来だったらこんな風に刃文が見えます。これは今年の正月に熱田神宮で撮った写真。
ぶわっと牡丹みたいにお花が開くんですよね。素敵です。

◆第五章 京のかたなの苦難(南北朝時代ー室町時代中期)

これは主に長谷部部屋。福岡の冬の男が京都に出張しにきているお部屋です。360度へし切長谷部。

●国宝 刀 金象嵌銘長谷部国重本阿(花押)/黒田筑前守(名物圧切長谷部)

こちらは福岡で撮った長谷部です。

福岡市博物館 へし切長谷部
 福岡市博物館 へし切長谷部
福岡市博物館 へし切長谷部
福岡市博物館 へし切長谷部 

まあみんな大好き長谷部なのでみんないっぱい褒めてると思うのですが、皆焼(ひたつら)の刃文って、なんだか派手で豪壮なものになりがちなんですけど、長谷部はあまり悪目立ちしないというか、派手は派手なんだけど笑えちゃうような派手ではないんですよね。
長谷部を見たとき、ぱっとこの曲が頭の中で流れ出したんです。

なんかこう、わかります?
激しい起伏の多い曲なんですけど、ピアノだけで構成されているんでどこまで行ってもうるさくはならない。
水が飛び跳ねるようでもあれば嵐の海のようでもあり。
これはゲームサイズなので気になった人は音源買ってフルバージョン聞いてくださいね。Miliはいいぞ。

肌もつややかパール肌で、きらきらだけどマジョマジョとかアナスイとかではなくてオーブクチュール。

あと今回あらためて気づいてびっくりしたのですが、なかごまでとっても仕事が丁寧なんですね!
金象嵌ってなんだかやらしい気がしてあまりいいと思ったことなかったのですが、きれいに均されたなかごに金文字がきらりと光るし、目釘穴が3つ埋められているのですが、赤銅で埋めてるのかな?
その埋められた目釘穴すらもきらりと光って、まるで宝石が埋め込んであるみたいに見えました。
めちゃめちゃ仕事が丁寧。なかごが宝石の国。

めちゃめちゃ愛されてんじゃん長谷部。

もう刀ステの長政さまとへしきりのおん刀の様子がめっちゃ頭の中によみがえりました。
超愛されてる。超家宝。さすへし。

●重文 刀 無銘伝長谷部

黒川古文化研究所所蔵の長谷部。なかごに金泥で「国重」と書かれているのですがこれは前の所有者さんが勝手につけちゃったやつだそう。
これ見た瞬間にこの曲が頭の中で流れました。

イケイケ

●重美 太刀 銘長谷部国信(号からかしわ)

こちらもみんな大好きからかしわ。
これは重低音強めのパリピ曲って感じでしたね。
ということで選曲はlamb.になりました。MMDでよく使われてるやつ。

●重文 短刀 銘長谷部国信 藤原友吉

合作の作品です。熱田神宮所蔵。
これは波の音でした。

なんかこんな感じで長谷部あたりはジュークボックス化してておもしろかったです。
長谷部あたりが終わると、戦地となってしまった京でそれでも刀を作っていた小規模経営の刀工集団についての展示が続きます。
その流れで村正も展示されます。うまくつなげた。

◆第六章 京のかたなの復興(室町時代後期ー桃山時代)

ここではすりあげ文化や堀川派、三品派、埋忠などの話。

●重文 光徳刀絵図(毛利本・文禄三年) 本阿弥光徳筆

押形の書物ですね。
こちらの展示は巻替えがあるので休館日ごとに展示内容がかわるみたいなのですが、

わたしが京都に滞在した一週間、ちょうど一期一振、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、包丁藤四郎等が描かれている箇所が展示されていました。
これね、大阪夏の陣以前に作られたものなので、燃える前の姿なのですよね…!
そしてこの包丁藤四郎、二階で展示されている現存する徳川美術館の包丁藤四郎ではなくて、
焼失しているほうの包丁藤四郎なんですよね…!刀剣乱舞の包丁くんここにいたよ!

わたしが来る前の週は薬研のところが展示されていたみたいですね。
ということで(?)建勲神社でお披露目された薬研藤四郎再現作です。

薬研藤四郎再現作
 
薬研藤四郎再現作
 
薬研藤四郎再現作
 

展示状況や列の状況もあり、肌や刃文など細かいところは見れなかったのですが
なんだかふわふわやわらかい、生まれたての無垢ないい子って様子の刀でした。
いろんな吉光短刀の要素を混ぜて再現したんですって。

光徳刀絵図の話に戻りますけど、これを作るよう依頼した毛利家、そんなに刀に興味がなかったんだそうです。
でも就職先の社長(秀吉)は超刀好き。
社長の話に付き合えないといろいろ困るし、カンペ作成を本阿弥光徳に依頼します。
といういきさつで作成されたのがこちらの刀絵図だそう。(ニコ生より)

来週はどの刀が出てくるのかな…楽しみにしていてくださいね…

●重文 刀 銘本作長義天正十発年庚寅五月三日ニ九州日向住国広銘打/天正十四年七月廿一日小田原参府之時従屋形様被下置也長尾新五郎平朝臣顕長所持

………長い!!
いつもせいぜい「本作長義(以下略)」くらいでしか書かないし今回初めてフルで書きましたよ。
本作長義です。
山姥切国広の本歌です。
国広はこういう古刀の写しをしたり銘打ちの仕事をしたりすることで美的感覚を磨いたんだね、って話でした。
こういうふうにド長い銘打つのも、後世の研究者からしたらめちゃめちゃ研究の材料として有能だから超ありがたいって感じみたいです。

徳川美術館でも何度か見ているのですが、今回刃文とっても見やすいです!
ひとつ前の刀の前で斜めから見るとすごい刃文くっきり見えました。
ガンッガンッと大きいブロック状の刃取りのなかに、細かく毛細血管みたいに足が入っています。

山姥切国広を見た記憶がもうずいぶん遠のいているのですが、やっぱり記憶の中にある山姥切国広とはずいぶん印象が違うなあ。
いつかこの二振りが並んで展示されて反復横跳びして比較できるような日が来たらとっても嬉しいんだけど…難しいかな……

●脇差 銘以南蛮鉄於武州江戸越前康継/骨喰吉光模

これは骨喰藤四郎の写し。
光徳刀絵図毛利本に描かれている骨喰と比較しても、似ているなあと思います。
これは明暦の大火前に作成されたもので、燃える前の姿をよく写しているものだとされています。

銘以南蛮鉄於武州江戸越前康継/骨喰吉光模

東京国立博物館 銘以南蛮鉄於武州江戸越前康継/骨喰吉光模
 

こちらはトーハクで撮影したものです。
これとぜひ見比べてほしいなと思うのが、明治古都館にて展示中の平成の骨喰写し。

骨喰藤四郎 写 宮入
 
骨喰藤四郎 写 宮入

 

明治古都館で刀剣乱舞のパネル展示やグッズ販売が行われています。
この骨喰写しも撮影可で展示されているのでぜひチェックしてねってところなんですが。

両方、骨喰藤四郎の写しなのにずいぶん雰囲気が違います。
越前康継のは乱れ混じりの刃文、宮入氏のは細直刃のもの。

骨喰って、本当に吉光の作品であるってはっきり言うことはできないんですよね。
それは他の吉光だってそうではあるのですが。

この講演のときに言及がありましたが、秀吉のころにたくさん偽の吉光が作成されているのではないか、(澤口氏の見解では半分くらいはそうなんじゃないか、とのこと)でももし偽物だったとしても、その時点から現代まではもうたくさんの時が流れていて、もうそこに歴史や価値が詰まれているので、偽物だとしても無価値なものということはけしてない、という話でした。
その中でも特に骨喰はすりあげで銘がなくなっていますしね。
(刀剣乱舞の骨喰が鯰尾のことかたくなに「兄弟」って呼ぶのいじらしいと思いません?)

で、そんな中で、もし忠実に吉光の作風のままで作られたとしたらこうだろう、というコンセプトで制作されたのが宮入氏の骨喰写し。
こっちの2018年の骨喰、みんな「へ~~」くらいの気持ちで見て写真撮ったらすぐ切り上げてしまっているように見えたのですが、このへんに思いを馳せてちょっと心に傷を負って帰ってほしいな!
そして後期からは本歌の骨喰も展示されるから三振りを見比べてみてほしいな!

●刀 銘日州古屋住国広山伏時作(以下切)

刀剣乱舞の山伏国広とは違うのですが、「山伏時作」と銘が切られている一振り。
これは刀そのものはまだそんなにしっかりつかめていないのですが、10/27(土)に参加した末兼先生の土曜講座で国広についての話がありました。

国広って、そもそも何者かよくわかりません。
どこぞの家臣だったとか、戦で武功を立てたとか、山伏してたとか、いろいろ話はあるんですが、出典の正しさについて精査がされているとは言えないし、おもしろすぎて嘘っぽいとこも多々あり。
(まじ面白いんだよな国広の生涯。大河ドラマ化してほしい刀工No.1)

「山伏之時作之」という銘がありますが、これもそのまま受け取ってしまっていいものなのか疑問があります。
まず、なぜ過去形なのか?
「山伏」というのは、本当に現代とらえられている山伏と同じ意味の言葉なのか?
そもそもなぜ「山伏之時」と刻む必要がある?
などなど。不思議がいっぱいデンジャラスって感じみたいです。

少しさかのぼって昭和のころ、なぜ「山伏」の銘がそのままストンと受け入れられてしまったかというと、昭和の民俗学で「山の民=サンカ=鍛冶技術者」というのが流行していたため、という土台があるようです。
もののけ姫でも人間界からあぶれてしまった人々が山で暮らし鉄を作っていますが、あれは昭和の民俗学がめちゃめちゃ反映されちゃってる作例のひとつだそう。
そもそもこれは柳田邦男が言い出したのですが、途中で「だめだまとまんねえや!」となって投げだした説
だから認識のベースにしてしまうにはあんまりよくない内容らしいんですが、とにかく流行ってしまっていたせいで、「山伏国広」という「山の民の刀鍛冶」がなんの検証もなく受け入れられてしまった。

だからこそ、今度からはそういう先入観なしで、新しく研究していく必要があるよね、という話でした。

そこから国広の宗教観とはなんだったのか?みたいな話に行き、この刀身彫刻の組み合わせはこの宗派を導き出すことができる、梵字もきちんと研究材料としていくべき、当時の刀身彫刻などは発注者の注文ではなく刀工が自分の宗教観に基づいて打っていたもの、とかそんな話がありました。

刀鍛冶って、教養レベルは高かったはずなんだそうです。
金工は最先端の技術。それをなにも理解できない馬鹿はやっていけないし、宗教観も宗教に関する知識もきちんとあって、だからこそこうやって作品にそれが反映される。

……本当はもっと細かい仏教系の話まで解説があったんですが、メモが間に合わなくて不完全なのと、わたし自身がさほど仏教知識がなくて絶対理解が追い付いてないので書かないでおきます!

●刀 銘濃州関住兼定作(号歌仙兼定)

国広部屋にいると思っていなかったよね。
今回の展示では、「元祖片手打ち」のサンプル品として展示されていました。
堀川派で片手打ちリスペクトをした人が現れたためです。

前に永青文庫で展示されていた時、江戸時代の細川家の刀剣類の帳面みたいなのも展示されていたのですが、
そこでは脇差の列に歌仙兼定が入っていました。
それくらい、片手で振れる、小回りが利く使い勝手のいいサイズということです。

熊本県立美術館 歌仙兼定
 熊本県立美術館 歌仙兼定

この前熊本で撮った写真です。

熊本県立美術館 歌仙兼定
熊本県立美術館 歌仙兼定 

ノサダは銘がうふふってなるんだ。

熊本県立美術館 歌仙兼定
 熊本県立美術館 歌仙兼定

腰刃(根元のほうで高く焼かれる刃文)が入って、上のほうはゆるいのたれって感じです。
ここの刃文が朝焼けの山の稜線みたいで大好き。

最前列で見てびっくりしたんですけど、今回の展示の歌仙めっちゃ刃文きれいに見えるぞ…!

「えっなに?アイライン変えた?すごいくっきりはっきりしてる…」とか思ったね。
いままでの刃文がペンシルタイプのアイライナー(ブラウンとか)を少しぼかしてなじませてるみたいな感じだとして、今回はジェルライナーでばっちりライン引かれてる感じです。
でもけばくないよ~!超かわいい~~!!って謎の女子の会話を脳内でした。

あと音声ガイドでの紹介が「方手打ちの元祖」「もともと雑兵が持つもの」「小回りが利く」等雅から遠い感じのことしか言われてなくて面白かった。

●刀 銘吉行

残念ながら前期のみの展示の陸奥守吉行。
少しかがんで見たら過去最大級に拳形丁子が見えました!

この吉行もなんの脈絡もなく展示されているものではなく、堀川派と三品派の交流とそれによる拳形丁子という特徴の継承、というストーリーに乗って登場しています。
ほんと今回、うまくつなげるなあ…!と随所で感心しっぱなしです。

◆第七章 京のかたなの展開(桃山時代ー江戸時代前期)

●刀 津田越前守助廣/延宝七年二月日

二代目助広です。津田越前守助広です。
助広出るんだ~~~!!と楽しみにしていたんですが、わたしの好きな丸津田の助広でした。やったー!
好きです。とうらん刃。
丸津田というのは銘がまるまるとしたかわいい字体で書かれているためそう呼ばれます。
銘がほんとかわいいんだ。見て。

東京国立博物館 津田越前守助広
 

これはトーハクで撮ったやつなんですけどね~かわいかろう~

助広は堀川派の流れなんですよね。それでここに配置されています。

◆第八章 京のかたなと人びと(江戸時代中期ー現代)

ここでは京都の寺社仏閣に奉納されている刀や、近現代の山城鍛冶について紹介されています。

●重文 黒漆剣

平安時代、9世紀の刀。
直刀で、ずいぶん腐食でぼろぼろになっています。
これは鞍馬寺に奉納されていたもの。
なかごに目釘穴がないんですよね。どうやって拵えにセットしていたんだろう。抜けそう。
これこそがソハヤノツルキの本歌なのではないか…という説もあるにはあるみたいですが可能性は薄いです。

このとき播州清水寺に騒速大刀を見に行ったのですが、まあなんとなく切刃造りのやつと感じは似てますよね。

播州清水寺 騒速
 

これは前期展示のみですが、今回の展示のうちでいちばん古い刀はこれでしたねたぶん。

●重文 太刀 銘□忠(名物膝丸・薄緑)
●重文 太刀 銘国綱(名物髭切・鬼切)

みんな大好き源氏兄弟。
両方とも13世紀ごろ作成されたものだと考えられています。

13世紀は頼朝も義経も死んでるよ!
それでもこの二振りが源氏の重宝としての伝説を背負っているのは、ひとは物語を語り伝えるためには、なにかモノに託さなければそれができないから。
過去に何振りも、薄緑だった刀が、吠丸だった刀が、鬼切だった刀、友切だった刀が、あったのかもしれない。
それらの物語を伝えたかった。
だけどなにも寄る辺のないままで物語は生き残ることができない。
だから託されたのがこの二振りで、この二振りだったのは両者とも十分な名刀であったから。

というのが音声ガイドでは語られるのですが、刀剣乱舞における髭切膝丸の解釈としてひとつのアンサーだなと思います。

さて、刀本体の話ですが、わたしは髭切のほうが好みです。
乱れ映りの肌に乱れの入った刃文、金筋も入っていて、姿はぎゅるんとバナナカーブ。
前に見たときは「ほわほわしてつかみどころがない感じが面白くて好き」と思ったのですが、そのときよりはもうちょっと見えるようになったのかな?
それでもいろんな要素が「ほわほわ」なのが楽しくて好きです。

膝丸は通期展示、髭切は前期の後半のみの展示ですが、後期の期間からは北野天満宮で展示されますのでまたそちらも見に行こうかなあと思います。

●重美 太刀 銘幡枝八幡宮藤原国広造/慶長四年八月彼岸

三年越しの邂逅だったんだ。

↑この記事を書いたの、2015年の8月です。
このとき、神社の縁起に書かれていた刀、それがこの刀でした。

「あ、えっ、あなたなの……?」となりました。続けててよかった。

●刀 金象嵌銘永禄三年五月十九日吉本討捕刻彼所持刀/織田尾張守信長(名物義元左文字)

みんな大好き傾国です。
周りで見てた人たちが「意外にがっしりしてるね…!?」って言ってて「わかる~そうおもうよね~~」って思った。

今回「うお~~ほんとだ~~!!」って思ったのは樋の様子なんです。

#水木良光刀京のかたな展メモ – Twitter検索 / Twitter

水木刀工のツイートで知ったんですが、義元左文字の樋の中はずいぶん肌がガサガサして見えます。
これは心鉄まで到達してしまっているから、それが露出してそう見えるのでは?という内容。
今までも「樋の中はがさがさして見える」と感じた刀はあったのですが、光の加減でそう見えるのかな?と思っていたのですよね。
今回こういうパターンがあり得るということを知って、ひとつ世界が広がった気分です!
まあ前期のみの展示だ!!

●太刀 銘備前国包平作/傘笠正峯作之 平成八年十二月(大包平写)

これが今回の展示を締めくくるラストの刀。
平成生まれの大包平写しです。前期のみの展示。

東京国立博物館 大包平
 東京国立博物館 大包平

ちなみにこちらはトーハクの本歌の大包平ですね。雰囲気を感じてください。でかい。

今回の展示のストーリーは三日月宗近から始まり、ラストがこの平成の大包平でした。
そしてこれのキャプションには「最後の山城鍛冶の死により、京のかたなは幕を閉じた」と完全に終末宣言をしてしまっているのです。

これ、かなり攻めた内容だなって。

終わっちゃったんだ、知らないうちにひとつの伝統が、千年の歴史が終わってたんだ、っていう、なんかすごい喪失感みたいなものがドーンとくるんですよね。
ですが音声ガイドではほんのちょっとだけ、救済を与えてくれます。
このとき心底「音声ガイド借りてよかったな」って思いました。

後期はこの大包平写しは展示されないわけだけど、どういうふうにまとめるのかな。
それもまた楽しみです。

京都国立博物館
 

というわけで、京のかたな展前期のまとめは以上です!
電源の使える京都の喫茶店に入ってたぶん6時間くらい経っています!!
居座らせてくれてありがとうシアトルズベストコーヒー アパヴィラホテル京都駅前店!!!
(居座っちゃってすみません混んだら出ますんで、と言ったら今の時期は多分大丈夫ですよ~って言ってくれたやさしいありがとう)

毎日閉館時間ごろの夕焼けの残った藍色の空の京都タワーを見て、夜の豊国さんにお参りしてから帰る日々、とっても充実しています。
明日からの後期も楽しみだなー!

だいたい主観によるレポでしたが、後期来る方や振り返りたい方、何年か後にこの時の様子を知りたいと思って調べた誰かの役に立ったりしたらうれしいです。

何かの足しになっていれば幸いです!
ここまで読んでいただいてありがとうございました!