橘寺 往生院

いろはに刀剣行ってきたログその3~石舞台から帰路

っしゃあ大阪城40階まで掘ったぞオラァ!!

並行して掘ってました。いざなみです。
平日は時間ないことも多いし土日にもりもり掘るしかないよね。

この記事はいろはに刀剣ログその3、石舞台を離脱して帰りに立ち寄ったお寺と、
夜行バスに乗るまでのあれやそれやをこれから旅行する人の参考になればって感じで書いたものですので
もちろん刀の話題はZEROです!
いろはに刀剣のイベントについてはその2の記事を、
イベント会場に行く前に立ち寄った観光地についてはその1の記事をご覧くださいね!

橘寺

さてさて、石舞台を後にして橿原神宮前駅に戻りがてら、
途中橘寺に立ち寄りました!

橘寺
 

橘寺 – Wikipedia

この、ね、立地だけでもなんだか胸がいっぱいになりませんか。
こんな田んぼの中、ぽつんとお屋敷みたいな風情で建っているのです。

聖徳太子の生まれた地と言われています。

聖徳太子について別にそれほど詳しくないので適当なこと言ってるかもしれませんが、
なんだか庄屋さんのお屋敷とか、そういうものを思わせます。
その土地を治め、その土地の人々に一目置かれる旧家。
思うところがそれなりにあるにしても、この土地にとって一種の象徴であるから、なにかと大事に扱う家。
そんなことイメージしました。お寺なんだけどね。
ちょうど田んぼの段々に座って休憩してる農家のおっちゃんを見たせいもあると思う。

橘寺
 

お堂がたくさんあって、仏さんがたももちろん素晴らしいのですが、
わたしそれより、境内の花や木のひとつひとつに名札立てているのを見て、
それがなんともいじらしいなって思いました。

1000年以上前の貴族の、日々の慰めとして、そのためだけに家人がひとつひとつ慈しむ草花。
食べられない、完全に嗜好品の草花。
作ったところで実利益にはなにもならない、それらを大事に育てることが仕事の人々がいて、
そういえばフランスに行ったとき、修道院の人たちが神さまにささげる葡萄酒をつくるためのぶどう畑を
世話していたのを見たのでした。
草木を、花を、酒を、
なくなっても困りはしないものを慈しみ育てることって
神様に通じていくものなのかなあとかなんとかそんなこと思ったりして。

だってその時代の貴人は、下々の人たちとは言葉すら違うみたいな捉え方されてて、
それこそ神さま仏さまと近しいものだと思われてたのかもしれないななんて
その筋できちんと勉強してる方に読まれたくない適当な想像書いてますけど、
だからその昔橘のお屋敷で仕えていた人たちにとって、そこの旦那様奥様ぼっちゃま姫様はもう天上人で、
その彼らのためにひとつひとつ草木に札を立てて育てること、
それはもう彼らにとっての祈りとも同じだったのかななんて。

笹井宏之さんの
「食パンの耳をまんべんなくかじる 祈りとはそういうものだろう」
っていう歌が好きなんですが
なんだかそれに通じるようなこと思いました。
祈りって、意味がないと分かっていながらも、日々のひとつとして続けていることのことなのかなって最近思います。

そういうね、古代のひとの営みを今もまだ繋げているっていう。
優雅でいじらしくていいなあって。思いました。

そして素敵だった往生院

橘寺 往生院
 
橘寺 往生院
 

近年になってつくられた天井画なのですが、
なんかこう、1400年前の人が考える「極楽」というものを
ありったけ手当たり次第に集めて広げたみたいな
そんな素敵で贅沢な場所でした。

だいぶここで長居して天上見上げてたので首痛くなっちゃった。

もうねー、いろいろと奈良時代の人に思いを馳せちゃうのは死者の書のせいです。
ですがそういうのがわたしにとっては楽しいです。
自分以外の誰かになれるって救いではないですか。
特に旅先では、わたしのこと知ってる人なんて誰もいないんだから
誰になったつもりであちこち歩いたって、それはもう自由なんですよ。
そういう点でわたしはひとりでしか旅ができませんね。ぼっち極まる。

橘寺を後にして、そこからあとは緩い下りの道をサーッとゆくだけ。
ほとんど道を確認する必要もなく、岡寺駅のあたりまで戻ってきて、
そこから国道169号を辿って橿原神宮前まで戻りました。

橿原神宮の駅、実は駅舎が2つあって、
「えっ駅名合ってるよね…?こんな場所知らない…」ってなってちょっと迷ってぐるぐるしたのですが
それでも16:15くらいにレンタサイクルのお店に戻って、自転車返却することができました。

お店のおっちゃん、顔覚えててくれたみたいで
「回ってこれました?」って聞いてくださったので
「しんどかったけどできました!足ガッタガタになりましたけど!」
と受け答えしたりして。

チャリの旅、総括して言うととっても楽しかったです。
やっぱ坂はそれなりにきつかったけどね。
天気と体力と時間が大丈夫そうなら、ぜひご利用になることをお勧めします。

明日香路 地図
 

こちらが今回チャリで辿った道のり。
見えづらいかと思いますが、黒のやじるし書き込んであるのがそれです。

上り坂がきつかったのは飛鳥資料館~石舞台間だけで、
あとの場所はだいたい平地だったので、それほど苦ではありませんでした。ご参考までに。

風呂までエンタメ

しかしなんだかんだで結構汗はかいたので、
夜行バスで帰る前にひとっ風呂行きたいよね!ってことで
駅の近くに銭湯があったので、そちらを利用しました

駅から3分くらいで行ける栄温泉さん。

スーパー銭湯とかは使ったことあるのですが、
こういうザ・銭湯!っていう場所使うの初めてでした。
番頭さんがおって、左右で女湯男湯別れてるやつね!
コナンくんがせっけんで滑って転んで記憶喪失やったやつで見たね!

上で貼ったサイトでは350円ですが、たぶん情報が古くて、今は400円でした。
シャンプー、リンス、せっけんの小さいのをそれぞれ30円で購入。エッセンシャルでした。
タオルと化粧落としは持参してたのでお金かかりませんでした。
上がったあと、ドライヤーを20円で借りました。

お金支払うとき、番頭のおっちゃんが話しかけてくださったんだけど、
おっちゃん「地元の人?」
わたし「旅行できました」
「東京から?」
「はい(よくわかるな)」
「明日香行ったの?」
「はい(よくわかるな)」
「刀剣のやつ?」
「!?はいそうです(よくわかるな!!?)」

なんやらよく御存じのおっちゃんで審神者びくびくしちゃいました。
なんでも前日に、イベントのために来てた関係者さんがこの銭湯使ってったとか。

おっちゃんとってもフレンドリーで、
日本刀楽しい?わかる?へ~そうなんキャラクターのほうもいた?あれ欲しいんや??みたいな話しました。
いやァ石切さんはもううちではカンストしてるんでとかは言わなかったですけど。

どうもお騒がせしております審神者です。ってかんじでした。
なんか審神者を肯定的に受け入れてくださってて好きよおっちゃん…

お風呂熱々のとちょっとぬるいのとを順番に入って、
いつも家でもシャワーだけで済ませてるので
久しぶりにほっかほかになりました。
ついでにいっぱい使った足もちょっとマッサージできたし。

さっぱりして服も着替えて、出る時におっちゃんが
「気ぃつけてね~また来てね~」って言ってくれました
割と素直にまた来たいです。

夜から始まる旅、夜に終わる旅

夜行バスは23時から天理駅発のものだったので、
橿原神宮の駅前にあるミスドでお腹膨らませつつ、
お替わり無料のカフェオレで粘って閉店の9時まで長居させてもらい、

そっから天理駅に移動して、駅前のファミマにイートインがあったので
そこでまた豆乳パックで粘ってしばらく長居させてもらいました。

天理からの夜行バス、23時発の新宿バスタ行き、7700円。
3列独立のトイレ付、カーテン付、コンセント付き。
あとそれほど混んでないのでとなり空席で気が楽でした。

天理は奈良駅にも割とすぐ行ける距離だし、乗り場が駅前で迷わないし、ファミマで時間潰せるし、
割とこれ楽なバスかも?って思いました。
こんど奈良に来ることあったらまたこの便使ってみようかなあって感じ。

そうして前日も(ついでに言うと実は前々日も)ほとんど寝てないこともあり、一度も目覚めずぐっすり熟睡し、
お風呂も入ってるし歯も磨いてるし服も着替えてるししっかり寝たしで、
だいぶすっきりさっぱりした状態で、今朝新宿に帰ってきました。

そ~~~んな弾丸飛鳥旅でございました!

いろはに刀剣も楽しかったですが、
明日香の道を自転車で走り回るのも、古代に思いを馳せるのも、地元のおっちゃんとしゃべるのも、
とっても楽しかったです!

今回はチャリの返却時間があるから行けなかったけど、
高松塚古墳とかキトラ古墳とかも見てみたいし、
がっつり死者の書に出てきた地名を巡る旅なんかも面白そうだなあ~~

とにもかくにも、お刀というきっかけがなければここまで来てないってのは確実なので…
そういう意味でとってもありがたいです。はらきよ。

石切丸 いろはに刀剣
 

今回の旅のお供のピアス。
イメージアクセとして買ったものではないですが、
なんとな~く石切さんっぽいカラーになるように組み合わせてつけてました。

楽しかった~疲れた~!今日は早めに寝ます!!
読んでくださってありがとうございました!!!